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負け組研究所

負け組の、負け組による、負け組のためのブログ

 

こんにちは

伝説のニート、米内タケルです。

私の自己紹介を行いたいと思います。

 

年齢: 28

学歴:私文一浪一留

趣味:超がつくほどのインドア。布団の中が最高の快適な空間

性格:よくやる気なさそうって言われます

 

 

とにかく昔から集団に所属するのが大の苦手でした。

私が長い学生生活の中で唯一1番だと断言できるのは、欠席日数と遅刻回数のみです。

こんな社会不適合者が社会に出たところで当然使い物になるわけもなく、職を転々してついにはニートに落ち着いてしまいました。

 

自分の過去を振り返っていきます。

 

1988年に3人兄弟の末っ子として京都に生まれました。

その後小学校から関東に引っ越してきました。

 

小学校時代

駄目を極めた少年でした。

成績最下位、運動音痴、不器用、コミュ障などの要素によりコンプレックスの塊です。

何もできない自分を思い知らされる学校が嫌で、不登校気味でした。

6年生の時は担任の先生が私を心配してくれて、毎朝車で迎えに来てもらう状態。

 

今思えばこの時に芽生えたコンプレックスによって人生が狂ったのかもしれません。

 

中学時代

デブでもてないコンプレックスから、無謀にもサッカー部に入りました。

しかし、スポーツ経験0の私がサッカーを上手くできるはずもなく、常に竹刀を持ったキ〇〇イ顧問と先輩に怒られる毎日。

辞めたいなと思いながらもなかなか言い出せません。

 

そんな時、好きな人の前で不良にボコボコにされるという醜態を晒しました。

部活の辛さと合わさってメンタルが崩壊し、学校から逃げ出しました。

約2年間の不登校となり、その間はゲームセンターに通って同級生とは全く交流せず、同じゲーマーのおっさんたちとの日々を送りました。

皆が勉学、部活、青春に励んでる頃に、ゲームセンターに入り浸っていた2年間の洗礼は後ほどたっぷり受けることになります。

 

高校時代

よせばいいのにまたまたコンプレックスから、ウェイトリフティングなんていういかにも厳しそうな、体育会系の部活に入る愚を犯しました。

暴力、暴言が当たり前の空気に耐えづらかったですが、辞めたくても辞めたいと言えず、悶々とした日々を送ります。

 

そんな16歳の時、パチンカスの両親にパチンコに連れて行かれて5万円勝ったことをきっかけに事態は悪化します。

勉強も全くついて行けず、友達もいなく、孤独だった私は四六時中パチンコのことしか考えられなくなり、依存症となってしまいました。

そして、部活帰りに23時までパチンコを打つなどの無理をしたために、朝練に寝坊するはめに。

 

部活に行かないととめちゃくちゃ怒られる→それが嫌で休む→更に行きづらくなる

 

このループによりまたまたまた不登校に陥ります。

 

私の将来を心配した顧問が、わざわざ自宅まで訪ねてきて話し合った結果、部活から放免されることになりました。

これでパチンコも存分にできるし勉強も頑張ろうと思ったのですが、どういうわけか部活をやっていた頃よりも成績は下がり、留年の危機を迎えるほどでした。

 

偏差値は模試を受けたことがないので分かりませんが、通知表は327人中325位でした。

高校の偏差値は50あるかないかだったのでお察しです。

 

働くのが嫌だった勉強が全くできないくせに働くのが嫌だった私は浪人することにしました。

 

ちなみに高校の卒業式の帰り道は1人でした。

 

 

浪人時代

浪人という名を騙り、パチンコ屋にに入り浸る毎日を送りました。

当時は割と良い時代で、あほでも少し調べれば月30は固く稼げました。

さすがにこのままではまずいかなと思い勉強する気になったのが10月。

 

その段階で中1用の英語の参考書をやり直すというひどい有様。

He plays tennis ← Heが主語だと動詞にSがつくんだ!!

こんなレベルです。

一応マーチを希望していたが、当然のごとく最後の模試はE判定。

やけくそになって何も考えず詰め込む勉強を一日12時間一ヶ月続けたところなんとか合格しました。

 

大学生時代

今度こそ明るい生活を期待したものの、相変わらずのコミュ障ぶりを発揮してクラスでも浮いていました。

 

さらに、持ち前の優柔不断と行動力のなさから新入生のうちにサークルに入らないという致命的なミスを犯してしまう → ぼっち確定!!

 

またまたまた孤独に陥った私はコンプレックスを増大させ、起業家になって何かでかいことをやってやらなければという思いに駆られます。

そんな青臭いカモネギだった私を、悪い大人は見落とすはずがありませんでした。

 

ミクシー経由で知り合った明らかに怪しいコンサルタントに100万円払ってしまったのです。しかも後に分かったのがマルチまがいのものでした。

今思えばあり得ない話なのですが、当時はいろいろな魔法にかかっていました。

 

結局カモられただけだと気付き、絶望で意気消沈した私は大学に行かなくなり、またまたまたまた不登校となりました。(何度目だよ)

 ずっと腐っていてもしょうがないので就活で逆転するしかないと思い再起。ぼろぼろの単位を取り戻すことに必死になりました。

ぼっちなのに1年で60単位を取るなど、それなりに頑張りました。しかし、ゼミもサークルもバイトもやっていなかった私は人との交流がなかったため、面接で話せることがなく就活で積んでしまいます。

 

経験値を貯めるために仕方がなく就職留年したものの、持ち前の行動力のなさを発揮して結局何もせず、話すことがないまま再度就活を迎えます。←最高にアホ

自分の理想が高すぎたことを反省し、適当に架空のアルバイト経験を捏造して身の丈に合った企業に入社することにしました。

 

結局大学生活は誰とも遊ぶこともなく、卒業式すら出ずに終わってしまいました。

 

社会人時代

 新卒ではいった会社ですが、やはりいつも通り集団の中で浮いてしまいます。

何人もの人からコミュニケーション能力の不足を指摘され、上手く周りに馴染めません。

やる気もあまりなく、将来出世したいとも思わなかったので1年持たずに退職してしまいます。

 

その後は技術を身に着けようとIT系の特定派遣会社に就職しました。

引きこもり体質だったので、ITなら自分にも適正があるんじゃないかと思ったのですが、それは大きな勘違いでした。

むしろ想像以上に自分の頭が悪いことが判明したのです。

周りが理解できることが自分が理解できませんでした。

まあ、相変わらず集団の中では浮いてしまい、研修中の昼休みは自分だけひとりぼっちでした。

結局どこに行っても俺は駄目なんだと落ち込みます。

 

結局派遣先でテロリストのようなミスを犯してしまい、会社に居づらくなった私は自ら辞表を出しました。

またチャレンジすればいいと言われましたが、もう完全に自分の無能さに嫌気がさしてしまったのです。

 

それから現在までニートを継続中です。

 

今回は全般的に過去を振り返りましたが、今後はそれぞれの時代に焦点を当てて記事を作ることもあるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロフィール
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6 記事
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6 日
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