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負け組研究所

負け組の、負け組による、負け組のためのブログ

人生に遅すぎることはないという言葉の嘘

何を始めるにしても遅すぎることはない

 

この言葉は誰もが聞いたことがあると思います。

何かを新しくやろうと思っている人にはとても勇気づけられる言葉です。

 

確かに何歳になろうとも今よりも良くなることは可能です。

どれだけ底辺にいようとも勉強すれば知識は増えるし、楽器の練習をすれば上達するでしょう。

 

しかし、実際自分が何かを目指すには手遅れなことが大半なのです。

 

脳のスペックと運動神経は幼少期の過ごし方で確定してしまいます。

私はデブで運動経験がなかったのに、コンプレックスに押されて中学からサッカー部に入りましたがもう既に手遅れだったわけです。

子供の頃に本を読むという文化がなかった私が、年をとってから勉強しだしても限界があるわけです。

 

私の親は朝ごはんを作りませんでしたし、コンビニ飯やカップ麺、菓子パンばかり食べさせられてました。

15歳になってから身長を決定づける上でタンパク質の摂取が大事だったと知ってももう手遅れなんです。

 

大人になってから歴史小説にはまり、国家を動かしてきた官僚に憧れるようになっても目指すこともできません。

 

通訳になろうと思っても、かなり若いころから訓練を積んでないとほとんど不可能です。

 

 

あまり後ろ向きになっても仕方がないのですが、薄っぺらい自己啓発の言葉で過酷な現実を誤魔化そうとしても無理だと思います。

 

人生は遅すぎることだらけ

 

これが現実です。

だからこそ子供のうちの過ごし方が決定的に重要になってくるんですよね。

子供の時に得たものをベースにして大人になって羽ばたくわけですから、幼少期の影響は一生消えることはありません。

 

 

これに対処するにはとことんハードルを下げるしかないわけですが、それがなかなか難しいんですよね...