ニート大学 幸福研究学部.com

ケーティーの崖っぷち生存記録

職歴なしで借金を抱える男のサバイバル生活

俺が就職を諦めた理由

ニートになってから数年間、何度も社会に参加できない自分に嫌気がして就職をしようと思った。

自己嫌悪と焦燥感に悩まされながらも、なかなか行動できないことに悶々とする毎日。

 

でも、最近になってようやく諦めがついてきた。

もう就職しようという気概は一切沸いてこない。

どうやらニートでいることを悩むピークは過ぎ去ったようだ。

 

しかし、特にやりたいことがなければ人は就職をするものだ。

何故俺はそれを諦めたのか、その理由を列挙してみる。

 

先が見えている

日本でサラリーマンとして生きていく上で、生涯収入を決定付ける一番大きな要素は新卒時に入った会社の格だ。

一流企業にさえ入ってしまえばよほどのことがないかぎりクビにもならず、年収1000万に到達する。

 

ただし、そういう一流企業は新卒時にしか入れない。

入り口を間違えてしまえばどれだけ這い上がろうとしてもこの域には到達できない。

中小の部長より大企業の平のほうが給料が高いなんてざらだ。 

こういう状況だと今更俺が頑張ったところでサラリーマンというシステムでは敗者にならざるを得ない。

 

別にこのシステムに文句を言うつもりはない。

”日本は一度レールから外れたら二度と這い上がれない” とよく言われるけども、それは日本特有のことじゃない。

アメリカだって子供の頃から順当に勝ちあがってきたやつに優しく、敗者には厳しい社会だ。

這い上がる道は殆ど残されていないのが現実。

これは古今東西問わず一貫しているのでしょうがない。

 

今更スタートで遅れてしまったマラソンを真剣に走る気にはなれないだけだ。

ゲームで言えば、よくシステムを理解しないまま中盤まで進んだけど、取り返しのつかないことがたくさんあるのが判明したから適当に進めるのと同じ。

 

そこまで欲しい物がない

俺も人間なので美味しい物は好きだし、車も欲しい。

しかし、働く苦痛を代償としてまで欲しいとは思わない。

働かずにいられるなら、年間家賃込みで80万ぐらいの生活で我慢できる。

本とネットさえあれば日々の暇つぶしには事欠かない。

働くことのコストとリターンが天秤に釣り合わない。

 

結婚を諦めている

家庭を持っている、あるいは持つことを前提にするからこそ働く気概も生まれてくる。

しかし、俺はそもそも結婚とは無縁の男。

昔から女にはもてないし、他人の人生を背負えるような甲斐性もない。

結婚というものがリアルに感じ取れないのだ。

 

もちろん、自分が愛する人と結婚できるならそれが一番幸せだ。

でもそんなことは絶対に起こりえない。

大人になってからの恋愛はスペックの交換の面が強い。

男は収入や地位、女は容姿と若さをそれぞれ交換する。

俺のスペックではいいと思える女と結婚するのは無理だ。

そうなると自分のことだけ考えていればいいので、働く誘因が発生しない。

 

能力がなさすぎる

昔から何をやっても駄目な人間だった。

勉強、運動、音楽、美術、コミュニケーション、どれも人並み以下。

 

テストでは0点王

かけっこではクラス一遅く、自転車に乗れるようになったのも小学校4年生

音符が読めず、合奏の時に一人だけ演奏してる振りをしていた

図工や美術ではそもそも作品自体が作れない

友達はできたが自分から話しかけて作ったことはなかった。

 

とにかく場所や時期を問わず不器用だ。

小学5年生のときに学年ごとにグループで共同作業を行う時は、2年生でもできるこおとができず、6年生のリーダーには呆れられたほど。

 

今までの人生でちょくちょく働いたことはあったが、大抵人がやらないようなあほなミスをやらかしてしまう。

正直言って自分の無能に萎えてしまったのだ。

 

 

以上、俺が就職をしない理由でした。